うちは藤乃静留。うちにはえらい秘密がある。
いや、あんさんらが考えてるのとはちゃいますえ。うちが同性愛者ゆうことなんて、うち自身かて認めていることやし、何の問題もあらへん。だいたい、この世で一番かいらしい恋人を手に入れたゆうのに、そないなこと否定するわけがあらへんやろ?
うちの最愛のなつき、そやけど、なつきにも教えられへん、うちの秘密。
えらい秘密って何かて?それは言えまへん…。
***
私は、玖我なつき。私にはとんでもない秘密がある。
いや、みんなが考えてるようなことじゃない。私が、…その、同性愛…というか、一人だけなんだからなっ、私の恋人はっ!た、確かに悩みの種だけど、それでも好きなんだ、手に負えないくらいに。
…静留とちゃんと付きあっていくためには、包み隠さず正直でいるべきだとは思うけれど、この、最悪の秘密だけは、どうしたって話すことなんかできないんだ。
とんでもない秘密って何かって?そんなこと言えない…。
***
「…校庭に散乱したゴミ、壁に書かれた落書き、その他諸々、学園の財産に加えられた狼藉の数々…会長!聞いてるんですかっ!?」
怒り狂ったブロンド少女が机を拳でドンと叩き、落ち着き払った栗毛の美少女を睨みつけた。
藤乃静留は茶碗を手にして、上撰の緑茶をすすった。だがお茶は冷めかけていた。
珠洲城はんの話、今日はやけに長引いてますなあ。せっかくの花の金曜やゆうのに、こんなに話を引っぱって。うち、もう帰りたいわあ。早よ、なつきに会いたい。今夜の夕食、何がええかなあ…。
「そんな泥茶なんか飲んでないで、ちゃんと話を聞いてくださいっ、会長!生徒会のトップである会長としての仁鶴はあるんですかっ!?」
「『自覚』だよ、遥ちゃん…」
珠洲城遥の親友である内気な眼鏡っ娘・菊川雪之が、ほとんど聞き取れないような声で訂正した。
「そう言ったでしょっ」
遥は憤然として、相変わらずお茶を飲んでいる生徒会長を睨みつけた。
静留は空になった茶碗を置いた。
「あら、話は全部聞いていましたえ。有能な珠洲城はんの手にお任せすれば安心や。何て言ったかて、珠洲城はんは信頼の置ける執行部長やさかいになあ」
京娘の賞賛に、遥は大いに得意顔だった。
「そういうことでしたら、私の力で、この学園の崩れかかった秩序を正すためにあらゆる方策をとります。雪之っ、行くわよ!」
「あ、うん、遥ちゃん」
ブロンド少女とその友人は生徒会室を出て行き、後に残されたのは静留と、ハンサムな女殺しの副会長だけ。
「じゃ、僕も失礼させてもらうよ。放課後に命と会う約束をしているんだ」
神崎黎人は栗毛の少女に向かって慇懃に頭を下げ、部屋を出た。
パキッ…。
机の上に置いた瀬戸物の茶碗が、ひとりでに割れた。
真っ二つに割れた茶碗に、静留は眉をひそめた。
不吉や…。
***
玖我なつきは自分の部屋で膝を抱えて座り込んでいた。
月に一度のこの時が、なつきは大嫌いだった。大きく溜息を吐いて、黒髪の少女は立ち上がると、携帯電話をポケットから取り出した。
「…静留か?私だ。すまん、月のものが来ちゃって…。今日の夜は会えないんだ」
不吉や。
静留は携帯を握りしめた。
「わかりました。ほんなら明日にしましょ」
土曜の夜やから、お泊まりして…。
なつきは残念そうに口をとがらせた。
「すまん、静留。それじゃまた月曜に学校でな。それじゃ」
静留はケータイのライトブルーの液晶画面を見つめた。電話が切れた。時刻は0時20分。
なつきの、いけず〜(泣)
京娘はパタンと携帯電話を閉じ、割れた茶碗を思った。
不吉や…。
***
静留にとっては最悪の一日だった。
土曜の午後だというのに、お茶を切らしてしまったのだ。やむなく静留は急いで茶葉店に行かねばならない仕儀と相成った。
だが、馴染みの専門店に着いたその時になって、静留は財布を忘れてきてしまったことに気づいた。そこで静留は財布を取りに寄宿舎に戻ったわけだが、今度は建物に入れない。というのもどこかのお利口ちゃん(別名、命)がキッチンでボヤを起こしてしまい、消防署がその場を占拠してしまっていたのだ。
静留は取り置きのお茶をとりに生徒会室に向かった。だがお茶は手に入らなかった。生徒会室は施錠されていた。学園内のマスターキーを全部クソ真面目な執行部長の手にゆだねてしまった決定をしたことを、静留は心から後悔した。
お金もなく、部屋にも戻れず、疲れ果て、喉が乾いてしまった静留は、ひたすら恋人のことを想った。
なつきは会えへんゆうてたし、部屋に今いるかどうかはわからんけど、でも…。
静留はなつきの部屋に向かった。
***
なつきはベランダの隅に座って、満月を見上げていた。一人ぼっちがつらかったが、月に一度のこの日はとりわけ身に染みた。
静留に会いたかった、が、それはできない相談だった。
なつきは背を丸め、膝を抱えて涙をこらえた。
微かな物音に、なつきはハッとして顔を上げた。カチャッという金属音は、玄関の鍵を開けた音。
なつきは慌てた。
この部屋の合鍵を持っているのは静留一人…ま、まずいっ、最悪だ、最悪だ、ホントにホントに、最悪だ!!!
なつきは耳を押さえて叫んだ。
「出て行けぇっ!!」
静留は玄関で凍りついてしまった。
「出て行け」て、どういうことやの?
静留は顔面をはり倒されたような気がした。だがそれでも静留はなつきの警告を無視し、部屋の中に入っていった。
部屋の中は真っ暗だった。明かりと言えば、ベランダから射し込んでくる銀色の月明かりだけ。
静留はその隅に隠れて震えている姿に近寄って、そばに腰掛けると少女を抱き起こした。
一瞬暴れかけたなつきだったが、すぐに年上の少女の抱擁に力が抜けてしまった。なつきは両耳を押さえていた手を離し、恋人のシャツの襟首を掴んだ。
「静留には見られたくなかったのに…私は…バケモノなんだ…」
泣き声で呟いた黒髪の少女の頭に、ふわふわの耳が頭の両側にへたっと垂れ、同じくふわふわの尻尾が悲しげにタラリと下がった。
ふわふわの耳?ふわふわの尻尾?
静留は手を差し伸べて、犬耳少女の耳をくりくりと触った。なつきは京娘の手に顔を寄せ、尻尾を振った。
静留は笑い出しそうになるのを必死で抑え込もうと唇を噛んだ。
「どこがバケモノやのん、かわいいわあ、ニャつき」
なつきはハッと顔を上げ、予想外の単語に耳をぴょこんと上げた。
ニャつき?
静留は慌てて口を押さえ、顔面蒼白で恋人を見つめた。
しまった…!
「静留、私のことを今、何て呼んだ?」
静留は首を振った。
「ニャつき、って聞こえたぞ」
また首を振る静留。
なつきは緑の瞳で京娘を冷ややかに見つめる。
「いーや、間違いなく『ニャつき』って呼んだ。ハッキリと聞いたぞ。聴導犬っているだろ、犬は耳がいいんだ。さあ吐け、静留。私に向かって隠し事なんて許さないぞ」
なつきは上半身を低く伏せ、今にも飛びかからんばかり。
手を下ろし、静留は嘆息した。
「よろしおす、うちの秘密教えますよって、それで満足かニャ?」
ニャ?
京娘は言葉を続ける。
「うち、お茶が切れると話し方が猫になっちゃうニャ。…ニャつき、ヘンなのはお互い様ニャね」
静留は苦笑して、恋人の頭をかいぐりかいぐりした。
静留の優しい愛撫に、なつきは笑みを浮かべて思わずぴょんとじゃれつき、無言のまま栗毛の少女にお腹を撫でてとせがんだ。静留がそうしてやると、犬耳少女はく〜んと声をあげて尻尾をパタパタと振った。
「満月のイタズラかニャ?どうやら、楽しい週末を過ごせそうニャねえ、ニャ・つ・き」
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